カットモデル

 

照明の強い光と熱でいつも自然と手汗をかく。

中央のスタンドマイク越しに少なからずお客さんは居るけど、逆光で顔までは見えない。

不安がある日に限って何故か客入りが良くて、指が少し震えてたから早口注意のサイン。


タイムテーブルはここまでほとんど正確に進んできていた。

出囃子はすでに鳴り始めていた。

 

止まっている時間がこのあと再び動きだせばいよいよ、僕達の漫才が始まる。

 

 

 

 

 

【本番目前】 

 


始まるというのに相方のRくんが居ない。

簡素な黒い背景に僕ひとり、照明よりも痛く視線を感じる。

 

本番目前、Rくんが居ない。

こんなことはコンビを組んで以来初めてだ。

 

 

 

 

 

性格はアシンメトリー
見た目はシンメトリー


小さい頃からいつでも一緒で
当たり前のようにコンビを組んだ


ネタは僕がこしらえて
Rくんが手を加えて
舞台でネタが成長する


今はまだ売れない地下芸人だけど
そんな2人の漫才が大好きなんだ

 

 

 

 

 

 

ハッと我に返ると時間が進んでいた。

武骨な黒い壁に囲まれた狭い空間、乾いた空気の匂いがする。

 

出囃子が完全に鳴り止んで2秒。

お客さんも驚いて歓声も拍手も無い。当然だ。
静寂が大きくて耳を塞ぎたいけどそうはいかない。

右手にある不在を抱えて今から僕は、漫才をひとりで始めようと思っている。

 

 

 

 

 

 


Rくんは面白くてみんなから愛されてこのままいけばいつか間違いなく夢に手が届くはず。

いつも輪の中心に居てきっと誰だって彼のファンになる。

Rくんが居るから僕らの漫才が面白くなるんだ。

だけど。

それでもコンビの頭脳はこの僕だ。

大丈夫、焦らない。早口注意!

僕ひとりだって大丈夫だ!

だって今日はそういうネタだから。

新ネタなんです、後からボケが遅れて出てくるっていう。

 

 

拳を握って大きく息を吸う。

 

 

 

 

 

 


【本番】


L「どうも~!

いやー今日もね、漫才やっていきたいと思ってるんですけどね。
まだ来てないんですよ!Rくんが。

もう~、本番始まってるっつーのにどこで何やってるんですかね、ホントに。」


過剰に明るい声で始めるとお客さんは手の内が分かったようで、緊張から解放されてドッと笑ってくれた。

 

 

「もう、このままだと漫才出来ずに終わっちゃいますよ。お客さんもイヤでしょ?
せっかくお金払って見に来てるのに待たされて終わるなんて。ね!

え?それはそれで見てみたい?
イヤイヤ、皆さんは面白くてもね、僕の気持ち考えてくださいよ!

そんなことになったらね、おそらく人生で1番長い地獄の3分間ですよ~!」


そのままの流れで軽く笑ってくれた。
手前側に僕らのファンが見える。

 


「すみませんね、ホント。Rくん破天荒だからまったく手に負えないんですよー。
もういい加減出てきてくれないとホントに出番終わっちゃうよ!

Rくん、

Rくーん!」

 

舞台袖を向いて手招きをするけどRくんはまだ出てこない。台本通り。

お客さんのテンションはだんだん落ち着いてくる。

 

 

 


「・・・。」

 

「・・・。」

 


沈黙。

皆がRくんを待つ。

 

 

 

たまにお客さんの方を向いて「ヘヘッ...」と苦笑いしたり、ソワソワして腕時計を気にしたり、手を変え品を変え気まずいようなアドリブ風の芝居をする。

するとお客さんもつられて苦笑い。


このあと満を持してやってくるRくんの登場までに、お客さんを最大限惹き付けるんだ!

 

 

 

「えー、

なかなか来ないので待ってる間に小噺をひとつ」


あえてダジャレで終わるアメリカンジョークを披露して、また沈黙。

 


この手の沈黙は長すぎると大事故になる。
それでも少しでも爪痕を残したい、お客さんの感情の揺さぶりたい、と思って更に気まずい芝居を続ける。

何かが起こる期待と何も起きないストレスが高まっていくのが手に取るように分かる。

 

 


 

「モーチョット待ッテクダサイネー」

 

「・・・。」


 


 
そろそろマジで出てきてほしいかもだナ。

 

 

 

「あのー、Rくん?」

 


「イヤー、モウソロソロダトオモウンデスケドネ-...」

 


苦笑いすら無くなった。
デスヨネー。

 
限界だ。

お手上げ。

 

何やってるんだ、Rくん。

 

これ以上引っ張ったらお客さんに嫌われる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


【漫才】 

 
R「どうもー!
お待たせしましたー!!」

 

 

右手を高く挙げ、指先をピンと伸ばして堂々と主役が現れた。


出オチでもなければ名の売れたスターでもない。

それでもようやく漫才が始まるということでお客さんは温かい拍手で迎えてくれた。

テレビじゃこんなことにはならないと思う。

 

 

 

良いお客さんたちだ

 

Rくんはそれが分かっていてここまで引っ張ったんだろうな

 

なにかそういう力を持っているのかも

 

会場の空気を掌握して笑いを膨らませてくれる

 

 

 

 

 

 

「もうー、こんなにお客さん待たせて一体何してたんですか?」

「いや、ここに来る途中でね、カットモデルになってくれませんかーって声かけられちゃってさ。」


「あー、美容師の卵の方たちが練習の為に安くカットしますっていうアレね?」

「出番まで時間あったから良い機会だと思ってやってもらったワケよ。3、40分あれば終わるだろーなんて思ってたら、1時間以上かかっちゃってさー!」

「まあまあ、確かに切ってもらってる途中で終わらせるワケにもいかないしね。」

「いやー、ほんとに皆さんお待たせしちゃってすいません!」

 

 


「でもさ、Rくん」

「なんですか、Lくん」

「カットモデルって言ってますけど僕達、手じゃないですか」


「手ですけど、どうかしました?」


「本体の人間はピン芸人で、パペット○ペットさんの素手バージョンで、手に人格持たせて一人でネタするっていう、シュールで尖った芸人のじゃないですか。」

「そうですね。
手の込んだ漫才コントを手掛ける芸人のですけど、それがどうしました?」


「手のカットモデルって、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


指毛でも切ってきたのかよ!! 

 

 

 

 

 

ここまで長かったなあ。

 

やっぱり僕はこの瞬間が大好きで、Rくんとコンビを組んで良かったなあと改めて感じる。

 

 


実はさっきひとりで舞台に立ってるとき

 

Rくんは本当にもう出てきてくれないんじゃないかと思った。

 

このままひとりで恥をかいて終わるんじゃないかと一瞬思ってしまった。

 

 

 

 

「指毛じゃないよ
見て、ホラ。」

「爪!?
声かけてきたのってネイリストだったの?
滅多に居ないよ、街中にネイリスト。

そんで爪切るのになんで1時間も2時間もかかってんだよ!


「いやー、ほんとはカラーもしたかったんだけどバイト先厳しくてさー。」

「マニキュアね!髪染めるみたいに言ってるけど!

それに片手だけマニキュア塗ってたら『あの人片手だけマニキュアして女に握られてる風に見えるから興奮するって一昔前のやり方じゃん』ってなっちゃうから!」


「パーマも安くやってくれるんだって。」

「いや、それ巻き爪!
指に食い込んで痛い痛い!!ってなっちゃうよ!!」

 


「Lくんもやってもらったら?」 

 
「え?」

 


「ぼ、僕はいいよ。だってホラ…切られすぎちゃったりしたら嫌だし!」

「あー、深爪。痛いよね。

でも大丈夫だよ!ちゃんと専門学校出て資格持ってるみたいだし!」 

「えー、でもなあ…。」

 

 「あれ!?

Lくんひょっとして、人に切られるの緊張しちゃうタイプ??


 「ば、バカにするなよナ!


美容院くらい別に全然行けるよ。外人が載ってる雑誌読んだり、場つなぎのトークしたりするんでしょ?

全然ヨユーだわ。あー、パーマかけたいわー。アイコス吸いたいわー。」

 

「うん、重度の自意識過剰だな!

それじゃあ練習しよう! 

 

僕が美容院やるからLくんお客さんやってください。」

「いや、美容師をやってくれよ。
建物だけやられても始まらないんだよ。」


「じゃあ僕オーナーやるから雇われ店長やってください。」

「いや、設定のピントずれてる!
そんなバックヤードの関係性で話膨らませられないよ!」

「今月はお店顔出せないからよろしくね。」

「どうせゴルフと日サロばっかり行ってんだろ。
ロン毛を後ろで一つに結んで髭たくわえて。」

「夏はサーフィン。」
 
「意外と膨らむなあ !」

 

「じゃあ放課後の魔術師やるからはじめちゃんは探偵やってください。」

「僕あれトラウマだから無理ィ…。
ドラマだと第一話のやつでしょ?」

「犯行前にまずすることは仮面と赤いカツラの用意。」

「すっかり演出楽しんでんな!
言っとくけど美雪に手出したら、タダじゃおかないぞ・・・?

 

美容師をやってください!僕お客さんやるから。」

「はいはい、じゃあLくんドアから入ってきて。」

 

「あ、うん…。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・って、なんで美容院の入口はこんなにお洒落で重たそうな扉なんだよ!!」

「いいから早く入って来い!!
店の前を何往復もうろちょろしてるの丸見えだよ!」


「コンコン、カランカラーン。
ァ、予約してたんですケド…」

「はーい、ちょっと座って待っててねー」


って、おーーい!!

右手、おーい!!

 

普通に美容師漫才してたけど!

て!

「美容師は手が大事じゃないですか。
ハサミの手さばきとか。」

「Rくんは利き手だから良いけどこちとら添えるだけの左手だ!

サブ扱いしやがって!

 

って、誰が 不器用の コミュ障 だーー!!!!

 

 

 

 

 


「こんな黒子の格好で手だけ露出した男が入ってきたら警察沙汰だよ。」

「その時は僕らふたりとも、」

 

「「"コレ"だな。」」

 

 どうもありがとうございましたー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


(オチは手首を合わせて逮捕のポーズでした)


 

出番後の舞台袖で手汗を拭きながら、

 

いつかもしも本当にRくんがイメチェンしてきたら嫌だな、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台下手に右手のR

舞台上手は左手のL

 

 

性格はアシンメトリー
見た目はシンメトリー

 

 

これからも爪を切り合おう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~TE MANZAI 2017~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


KNOCKIN' ON YOUR DOOR/L⇔R

 

 

 

 

平成初期の音楽は最高。

 

シャラポワは今年三十路。