ドーナツの穴

 


スーツの上に薄いコートを着て分厚いマフラーを巻いた男が、僕の目の前を全速力で横切った。

 


もうそんな時間?
と思って腕時計を見ると

12/24 23:43

 

 

間に合うかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼がまだ来ない。

こんな日に残業なんて、なんともドラマチックでちっとも嬉しくない。

 

待ってるだけよりは
と思って迎えに行くことに決めた

23:48

 

間に合わないのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


遅い。

 

 

 

嫌な予感がする。


それでも何がなんでも、誰に何を言われようとも、あと5分経ったらタイムカードを切ってこの店を出る。

 


僕は今、頼まれると断れないのを知っている店長からどうしてもと言われてこうしてレジを打っている。

イブの夜にバイト入れるなんてと随分怒られたけど、終わったらすぐに会いに行くと約束したのだ。

 

あと5分だというのに夜勤の人が来ない。

サボるくらいならシフト入れんなって。
あー、むかつく。


どいつもこいつもコンビニのチキンなんか買うなよな。
サンタの帽子のせいで髪の毛潰れたし。
いつも発泡酒買う客が今日はビールなのもイライラする。

 

誰に見せるわけでもないけど客の前で特大の貧乏ゆすりをしてしまう。

 

店長が申し訳なさそうに
話しかけてくるまであと5分

23:55

 

断れるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通りにいつも通りなだけなのに、別に幸せではないだけで不幸せになる。


そもそも幸せって何?
今更カップルが羨ましいわけでもないし、誰かと何かしたいとかいう柄でもないです。
それでも自分の存在が浮き彫りになるような気がする。

孤独なんていうのは、ドーナツの穴みたいになんでもなかったものにただ突然名前が付いただけであって、一番上に挙がるようなトピックスではない。

そこにあって当然、というか、そこに無ければならない、すなわち、空気と同じだ。


そこにあって当然、という意味ではイコール僕にとってのアルコールみたいなものだな。

うん、まさにその通り。
孤独とはアルコールだ。

エクセレントな例えが浮かんだな。
褒美として今日は金麦ではなくスーパードライを与える。偉いゾ、自分。

 

 

 

物資調達をしてコンビニを出ると、前から女の人が手を振ってきた。

 

 

え、なに、誰?

 


心拍数、急上昇。

 

 

 

 


え、怖い怖い。

こんな日にこんな所に一人で僕に向かって女の人が手を降ってるんですが。

 

誰だろ、知ってる人?

 

 

 


まさかとは思うけど、"クリスマス"、とかは関係ない、よね・・・?

 

と思って目を凝らすと、

後ろからスーツの男の人が猛ダッシュで僕のことを追い抜いた。

 

 

 

あー、ハイハイ。
彼氏に手振ってたのね。

 

一瞬だけでもクリスマスのなんちゃらを想像してしまった自分が悔しくてスマホをいじった。

 

23:58

 

 

 

 

 

流石、師走だな。

今度は前から誰か猛ダッシュしてくる。

急ぐのはいいけどそんなボサボサの髪の毛で会いに行くのかい?

 


やれやれ皆忙しいそうだねえ。
そんなに大袈裟なものなのかね、クリスマスというのは。

 

23:59

 

 

 

 

 


意味はないけど日付が変わってしまう前に急いでスマホで音楽を流してイヤホンをした。

 

1分経ってしまう前に慌てて画面を消した。

 

ツメテー。とか言いながらスーパードライの缶を開けた瞬間、どっかのイルミネーションが点いた。

 

ドーナツは甘いしおいしいけど、そこにあるだけでなんでもなかったはずのものに名前を持たせてしまうなあ。

 

僕が居るのは穴の中だ。

 

穴になんて落ちたっけ。

 

穴から抜け出したい。

 

あ、そうだ。

 

食べちゃおう。

 

 

 

 

 

ドーナツを買いにコンビニに引き返してる途中、

さっきの貧乏ゆすり店員が前から猛ダッシュで走ってきてすれ違った。

 

 

頑張れ頑張れ。

もうすぐ食べられちゃうけどね。

 

12/25 0:01

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


コンビニに戻ったらさっきのボサボサ頭がぜーぜー言いながらレジ打ってて、予定変更あんドーナツを買った。


0:03